子育てと「発達障害」

発達障害に関する本③ 自閉症と感覚過敏

自閉症と感覚過敏
特有な世界はなぜ生まれ、どう支援すべきか?

著者 熊谷高幸

著者略歴(本書より抜粋)
早稲田大学第一文学部フランス文学専攻卒業。印刷会社に勤めながら法政大学夜間部で2年間心理学を学ぶ。東北学院大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。
現在、福井大学教育地域科学部教授を経て名誉教授。福井工業大学講師。専門は自閉症者のコミュニケーション障害とその支援。現在は、これに加えて、日本語についての研究も進めている。

そもそも、自閉症とは、どういう障害なのだろうか?ADHD(注意欠陥・多動性障害)やLD(学習障害)との違いや分類はどのようになっているのだろう?
一度、専門的な本を読んでみたいと思っていろいろ探してみたのですが、タイトルの「感覚過敏」という言葉が気になり、この本を手に取ってみました。

娘のことはだいぶ理解できるようになってきましたが、それでも、「どうしてこんなことにこだわるんだろう!」とか、「どうしてこんなに視野が狭くなってしまうんだろう」とか、理解するのが難しく感じたり、言い争いになってしまうこともしょっちゅうあります。
それならば、どうしてそうなるのかを私がもっと学べばいいのだと思ったわけです。

専門的な内容の本ではありますが、難しい言葉ばかりで理解しにくい…という感じはなく、わかりやすい文章で読みやすいと思いました。しかし、やはり、専門的な内容が続くので、読んでいるうちに睡魔に襲われました。
3度くらい途中で意識がなくなりましたが、私でもなんとか読み終えることができました!

自閉症は非常に多くの要因が絡む複雑な障害であるけれど、「感覚過敏」が大もとになっているのではないか、というのがこの本の大きなテーマです。

そして、自閉症の人々は、社会生活の場や学習の場に参加するときに、どのような困難に直面することになるのか?どのように支援すればそれを改善していくことができるのか?ということを考えていくのが、この本のもうひとつのテーマにもなっています。

ちなみに、感覚過敏の中の聴覚過敏について、過去の記事でも取り上げていますので、ぜひご覧ください。

イヤーマフをつけてみた黒板をキーッ、キーッと引っ掻く音。 ゾゾ〜として、思わず耳を押さえたくなりますよね。 誰にでも、苦手な音ってあると思います。 ...

本文は、3部で構成されており、

  • 第1部:感覚過敏が作る世界
  • 第2部:自閉症の発生過程
  • 第3部:支援の考え方

第1部では、感覚過敏が自閉症の人たちにいかに多くの問題を起こしているか。第2部では、それがどのような過程を経て自閉症という障害を生み出しているか。第3部では、自閉症者への支援はどのようなものであるべきかという内容が述べられています。

『はじめに』からの引用

自閉症は、その原因と結果を一対一に対応させることができない障害である。脳の特性によって生じるところまではわかっているが、より深いところでは原因をひとつにしぼることができない。社会性が乏しい、こだわりがある、ことばが遅れる場合がある、パニックになりやすい、記憶力がよい場合が多い、感覚過敏が現れやすい、などの症状の集まりとして理解されている。だが、これらの症状のあいだにどのような関係があるのか、また、それらはどのような経路をたどって現れるのかについてはほとんど答えが出されていない。
この疑問に答えを出すのが感覚過敏にもとづく捉え方である、とするのがこの本の内容である。

感覚過敏は、自閉症の人々が示す多くの症状の発生源になっていると考えられるものである。また、ADHDやLDの人々にも現れることがあり、それらの障害の発生にも関係している可能性がある。これに、現代の生育環境や男性脳の特性などの要因が絡んで、自閉症と言う症状が生まれると考えられる。

感覚過敏があると、刺激に対する反応が大きくなり、好きな者は非常に好んで求め、嫌いな物は恐れて避けるようになる。また、強い感覚を伴う経験の記憶が強まる一方で、感知しなかった刺激に対しては鈍感になる。

だから、感覚過敏があると、外界の捉え方が通常と異なり、行動の仕方も通常と異なってくる可能性がある。人々と共に生活することや学ぶことがむずかしくなってくるのである。だが、人間は他の人々とかかわることなしで発達することはできない。ことばを学び、人々とコミュニケーションができないと、社会に参加することができなくなる。だから、感覚過敏は発達全体に影響を及ぼす可能性をもつものであり、それだけを単独に取り出して対処法を検討するだけではすまないものになっているのである。

この部分を読んだだけでも、自閉症などの障害の根底には、『感覚過敏』があり、人間の発達にとても大きな影響を与えているということがわかります。

そして、第1部で、感覚過敏が生み出す世界を、具体例や調査結果とともに探っています。
本書の中から、自分的に「なるほど!」と感じたことを抜粋して紹介していきます。

自閉症スペクトラムのADHDとLDへのつながり

自閉症スペクトラムには、様々なタイプが含まれていますが、自閉症の概念も変化してきています。以前は、人とのかかわりがむずかしいことに加え、言語機能や認知機能にも障害がある者だけが自閉症とみなされてきました。今では、アスペルガー症候群(言語に遅れがないタイプ)、高機能自閉症(知能能力が高いタイプ)も含めて、全体を自閉症スペクトラムと呼ぶようになりました。

ADHD(注意欠陥・多動性障害)とLD(学習障害)は、自閉症スペクトラムとは異なる障害ですが、それぞれが重なり合うことが認められています。

ADHDは、注意欠陥と名づけられてはいますが、あらゆるものに注意がいかないわけではなく、好きな物には強い関心をもっています。
注意とは、特定の対象に感覚や認識を集中した状態なので、感覚の過敏と鈍感があると、注意の状態にもムラができやすいのです

LDは、読み書きや計算など、特定の学習能力に限り能力が低い障害です。
読み書きや計算では、読むこと、書くこと、数量をイメージすることなど、多くの感覚や運動の機能を同時に働かさなければならないのですが、感覚にアンバランスがある感覚過敏の状態だと、このような統合的な処理が難しくなります

自閉症と、ADHDやLDの両方を診断されるケースもあるのは、こうした感覚過敏というつながりがもとになっているのかもしれません。

自閉症者の感覚過敏の現れ方

聴覚過敏や視覚過敏、その他の過敏はどのように現れているのか。自閉症の方に多く見られる特性が、それぞれの感覚ごとに詳しく説明されています。

よく見られる特性の例

◆視覚や聴覚、触覚など複数の感覚を結びつけるのが困難である。ある感覚が表に出てくると、他は消えてしまいやすい。

◇感覚と運動がつながりにくい。外界からの刺激に圧倒されて、動きが止まりやすい。
感覚と強く結びついた運動は逆に現れやすくなり、その感覚が思い出されるたびに自動的に再現されてしまう(ひとりごとが頻繁に出る。体を揺すったり、飛び上がったりするなど)

◆人の顔を見分けることが難しい。

◇物を見るときに、部分と全体が結びつかない。

◆時間軸ができにくい。現在、過去、未来の切替えが難しい。
(一般の人は、記憶は次第に消えていき、特に意味があって覚えておかなければならないことや強い感情を伴った出来事だけが長期記憶になっていくが、自閉症者の場合、入り込んできた情報はフィルターにかけられることなく無差別的に長期記憶化されるところがある。)

◇忘れて次に進むという作業ができず、仕事をするときに残存物がたまりやすく、スムーズに先に進めなくなってしまう。

◆自分自身の身体各部を統合しにくい。
(各器官が感知した刺激は、脳の中の別々の皮質領域で受容され、運動を起こすときは、身体各部の筋肉に対応した脳部位の司令の下で動きが生じる。人の脳はそれらの動きを前頭前野で統一する働きをもっているが、感覚過敏があるとそこでの接続がむずかしくなると考えられている。)

また、東田直樹さんや、ニキ・リンコさんの著書が随所で紹介されています。
印象に残ったのが、東田直樹さんの「声(音)」に対する感じ方です。

「声はどこから聞こえてくるのでしょう?それは頭の上からなのか、背中の方からなのか、それとも僕の目の前からなのか、僕にはとても謎なのです。
どうしてみんなが、誰かの声を聞いてそちらに向けるのかがわかりません。声が聞こえてくることに気づき、それが自分に言われている言葉だと判断して、すぐに相手に答えられることが信じられません。」

また、ニキ・リンコさんの経験では「コタツにはいると脚が消える(見えている自分の上半身と、見えなくなった自分の下半身がつながっているという実感がなくなってしまう)というお話が印象的でした。

自分が見たり、聞いたり、感じたりすることについて、あまり意識したことはありませんでした。自分が当たり前だと思っていた、物の捉え方や感じ方は、全ての人に共通するものではないということを改めて考えさせられた気がします。

自閉症はなぜ男性に多くみられるのか?

男性型の脳というのが、自閉症のもう一つの要因ではないかと考えられています。

バロン=コーエンの「自閉症=極端な男性型脳」という考え方やアンケート等の結果から、男性は、刺激に対して夢中になったり、逃げ出したりという方法で直接的に対応するのに対して、女性は感覚を共感的に体験したり、周囲を気遣って反応を抑制するという方法で対応するため、男性の行動の方がこだわりとして映るということが導き出されています。

支援の考え方

そして、最終部では、支援の考え方が述べられています。

感覚過敏があると、特定の刺激が突出しやすくなり、全体を見て対象や行動を選びながら先に進むことがむずかしくなります。そこで、環境を整え、選択肢や進む方法を分かりやすく提示し、支援していこうというのが「構造化」という方法です。

そして、その構造化というしくみを組織的に作った「TEACCH(ティーチ)プログラム」というものを紹介しています。このTEACCHプログラムは、自閉症の援助プログラムとして開発された療育方法で、日本でもさまざまな実践が行われているようです。

スケジュール(時間)の構造化、教室(場所)の構造化、教材、作業の構造化(例えば、一日の活動や生活の流れなどを絵を用いてわかりやすく示したり、何をする場所かをはっきりさせる)を行うことで、自閉症児にも進み方や選び方などをわかりやすく示すことができるようになります。
そしてそのTEACCHプログラムで用いられる視覚的な構造化の他に、「ことば」や「音声」を含めた構造化を取り入れた支援をしていくことが有効だとされています。

また、自閉症に特化した支援だけをすればいいのではなく、自閉症の人も、他の人と共に学ぶという、自閉症の人の中にある人間として普遍的な特性を導き出す支援も必要であると言います。

最後に 〜感想〜

自閉症の人の感覚や行動の特性は通常とはかなり異なるように見えるけれど、通常の人々に全く現れないものではない同じ人間としての特性の中に自閉症を生み出すものが含まれているのである。だからこそ、自閉症は増えていて、また、一般の人との境目もはっきりしたものでなくなってきている。と著者は述べています。

自閉症者の数が年々増えているのは、生まれてまもなくの家庭環境の変化やここ数十年で大きくなってきた家庭外での環境変化によるものが大きいそうです。

確かに、私達を取り巻く環境はめまぐるしく変化していて、とにかく情報量がとても多い!ということを感じます。
そして、毎日が本当に忙しい。常に時間に追われていたり、子どもを急き立てていたり。
私が子どもの頃と比べてみると、今の子ども達は本当に忙しく、たくさんのことをこなさなければならないように感じます。そんな中で、普通に環境に対応していくことの方が難しいのかもしれない…。

私が子どもの頃は、発達障害という概念はありませんでした。
クラスの中には、落ち着きのない子やちょっと乱暴な子など、いろんな子がいましたが、明らかに知的・言語に遅れがない限り、みんな「普通」として育ってきました。
今は、発達障害というものが世の中に広く認識されるようになってきて、病院などを受診しやすくなったというのも、自閉症者の数が増えてきていることにつながっているのではないかと思います。

そして今は、支援が手厚くなっていると感じます。娘が通う中学校の支援クラスでは、個々の生徒に合わせた授業を考え、支援の先生がついて少人数で授業を受けることができます。
スクールカウンセラーの先生と相談の時間を持つこともできます。
手を差し伸べてくれる人が、必ずいます。

今まで、自閉症というのは、脳の機能障害によって起こるというけれど、それでどうしてこういう性質につながっていくの?理解できない!としょっちゅうぼやいていました。

この本を読んでみて、視覚、聴覚などがどういう感じ方をするから、こういう行動を起こすのだということが詳しくわかって、とても参考になりました。娘に当てはまるものもあれば、これはないな~というものもありますが、娘が意味もなく行動しているわけではなく、わがままを言っているわけでもない。

この本を読んだからといって、すぐに理解することができて、受け入れられるようになるというものではないかもしれませんが、知識を蓄えるというのは大切なことだ!と思いました。